ミケルソンは非常に早熟な才能を持ち、
アリゾナ州立大学在学中から驚異的な成績を挙げていた。大学1年生だった
1989年に「NCAAゴルフ選手権」で当時の史上最少スコアで優勝したり、
1991年にはまだアマチュア選手のうちに
PGAツアー大会の「ノーザン・テレコム・オープン」で優勝している。大学卒業後の
1992年にプロ転向。翌
1993年の「ビュイック招待選手権」でプロ初優勝を飾り、トッププロに躍進する。しかしメジャー大会の優勝争いで、数え切れないほどのチャンスで涙を飲み、“無冠の帝王”と呼ばれた時期が長かった。
2003年はミケルソンのプロゴルファー生活でも最悪の年となり、
大リーグ野球の
デトロイト・タイガースの3Aで投手の入団テストを受けたことさえある。
しかし
2004年の
マスターズ・トーナメントで、彼の努力はついに報われる。最終日の18番ホールでバーディーパットを沈め、9アンダーパー(-9)で初優勝を飾った。大会前年優勝者の
マイク・ウェア(
カナダ)も左利き選手であったため、マスターズのグリーン・ジャケット授与式では“左利きどうし”が顔を合わせた。続く
全米オープンでも優勝争いに絡んだが、
レティーフ・グーセンに惜敗。
2005年のマスターズでは10位に終わったが、8月の
全米プロゴルフ選手権で初日からトップをキープする“完全優勝”を果たし、メジャー大会2冠を獲得する。
2006年のマスターズでは最終日に抜け出し、メジャー大会「2連勝」の偉業を成し遂げた。これでミケルソンのメジャー大会優勝は通算「3勝目」となった。
2007年度は、開催時期が5月第2週に変更された「
プレーヤーズ選手権」で初優勝を果たす。
2008年度もツアーで2勝を加えた。
ミケルソンの
ゴルフは華麗な技術で人気が高いが、大舞台の勝負所で短いパットを外す場面が目立っていた。
全英オープンはあまり得意ではないが、心身ともに充実していた
2004年に自己最高の3位入賞を果たしている。
メジャー大会優勝
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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