「フィアット、陸に、海に、空に」のスローガンの元、自動車のみならず、
鉄道車両や
船舶、
航空機の製造などの産業分野全般を掌握し、出版、金融等にも進出している。かつては「
フランスは
ルノーを持っているが、フィアットはイタリアを持っている」とまで評された。イタリア取引所(Borsa Italiana)に株式を上場している。
2007年までは
ニューヨーク証券取引所(コード:FIA)にも上場していた。
概要
イタリア最大の自動車会社
社名の
フィアット(FIAT)とは
Fabbrica Italiana Automobili Torino の略で、「トリノのイタリア自動車製造所」の意味。
トリノ市のリンゴット地区に本拠を置くことから、フィアット本社工場と「
リンゴット」はしばしば同義とされる。
第二次世界大戦後にジョヴァンニ・アニェッリの孫の
ジャンニ・アニェッリ(ジャンニは愛称、本名は祖父と同じジョヴァンニ)が経営を引き継いでからは、
ランチア、
フェラーリ、
アルファ・ロメオ、
マセラティ、
アウトビアンキ、
アバルトなど、イタリア国内の自動車メーカーなどを次々と傘下に収め、同国最大の自動車メーカーとなっている。また、商用車部門として
イヴェコ、電装部品部門として
マニエッティ・マレリなども傘下に収めている。現在のフィアット本体は主に比較的小型の大衆向け乗用車を生産し、高級車などは傘下のメーカーが生産している。
イタリア国外進出
ベルリーナ)]]
第2次世界大戦前から国外進出に意欲的で、
1934年には
フランスに
シムカを設立させたほか、ドイツでは
1932年に
NSUの自動車部門を買収し、「
NSUフィアット」とした。戦後になっても、
1950年に
スペインで
セアト(現在は
フォルクスワーゲングループ)を設立し、
1968年には
トルコで
トファシュを設立している。
またこの頃には、国営化されて以降高コスト体制と販売不振から経営苦境に陥っていたアルファロメオや、同じく経営不振に陥っていたランチアを傘下に収め、イタリアの自動車業界を事実上独占することになる。
経営不振
経営建て直し
その様な中でもアニェッリ一族による経営が基本にあり、
2005年にはジャンニ・アニェッリの孫の
ジョン・エルカーンがフィアットの取締役に、その弟の
ラポ・エルカーンが
ブランドマーケティング担当部長に就任し、過去に使用していたロゴマークを復活させ、ロゴを入れたアパレルなどを展開し、世界的に大ヒットさせた。これらの功績を認められ、両氏は将来的にトップに就任することが予想されている。
また、経営建て直しの一環として、モンテゼーモロ会長の指揮のもと、
2005年に相次いで3つの新型車を発表している。まず、導入が待たれていた新
Dセグメントモデルを、かつて使用していた車名、「クロマ」の名で発表。ワゴン風の5ドアボディとなっている。続いて7月28日、フィアット社はプントの第3世代「グランデプント」を発表した。実際に全長が4mを超える、「グランデ」(大きい)サイズだが、それ以上に大きな命運がこの車種に懸かっているとされ、実際同モデルはその後2006年1月のヨーロッパ市場における販売台数1位になるなど、フィアット建て直しのシンボルとなった。
さらに12月11日には
スズキとの共同開発による小型クロスオーバーSUV「セディチ(16、4×4=16から)」を発表。これらはいずれも
ジョルジェット・ジウジアーロとの協力でデザインされたものである。
復活
その様な中、1979年のデビュー以来根強い人気に支えられてきた
パンダの後継である
ニューパンダが2004年度のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。
その後、積極的な新車攻勢と
ブランドイメージの復活を受けて販売台数が増加し、2005年11月には単月黒字を計上したほか、その後も単月黒字を連続して達成。その他にもクロマの予想を上回る販売台数を得た他、グランデプントが
2006年1月のヨーロッパ市場における販売台数1位になる。2006年第三四半期の販売台数も、ルノーやプジョーなどのライバルが前年比割れになる中、前年比増になるなど、長年の低迷から完全に復活したとの評価を受けている。
現在
2007年にはグランデプントベースのセダン「リネア」、大失敗に終わったスティーロの後継車種「ブラーボ」(これまたかつての車名が復活)、往年のヒット作である「
500」の新型をデビューさせる他、
アバルト(Abarth)ブランドの復活(同モデルをベースに
東京モーターショーで発表)を行う予定である。
車種一覧
現行生産
-
500 (500)
- セイチェント (Seicento)
-
パンダ (Panda)
- イデア(Idea)
-
プント (Punto)
-
セディチ (Sedici)
-
ムルティプラ (Multipla)
-
バルケッタ (Barchetta)
- スティーロ(Stilo)
- クロマ(Croma)
-
ウリッセ(Ulysse)
- ドブロ(Doblò)
- パリオ(Palio)
- シエナ(Siena)
- ストラーダ(Strada)
- マレア(Marea)
- スクード(Scudo)
- デュカト(Ducato)
生産終了
-
600(初代)
-
フィアット・ムルティプラ(初代)
- 850 (850)
- フィアット・850スパイダー (850)
- 124 (124)
- フィアット・124スパイダー (124Spider)
-
125 (125)
- 126 (126)
- 127 (127)
-
128 (128)
-
130 (130)
-
131 (131)
- 132 (132)
- ディーノ (Dino)
-
X1/9 (X1/9)
-
リトモ (Ritmo)
-
ウーノ (Uno)
- クロマ (Croma・旧モデル)
-
ティーポ (Tipo)
-
テムプラ (Tempra)
-
チンクェチェント (Cinquecento)
-
クーペ・フィアット (Coupe Fiat)
モータースポーツ
ラリー
世界ラリー選手権(WRC)には早期から参戦しており、
1970年代はグループ4マシンの「124アバルトラリー」、「
131アバルトラリー」で上位に食い込む活躍をした。1980年代からはグループ会社の
ランチアのグループB及びグループA車両で参戦して好成績を残し、特に
デルタで6連覇を果たした
1987年~
1993年にかけては常勝ともいえる活躍をしていた。近年は経営悪化もあって活動を潜めていたが、
プントでJWRCに継続的に参戦。2006年から本格的にシリーズ化されたS2000クラスに
グランデ・プントで参戦しヨーロッパ選手権、イタリア選手権を制覇し、アバルトブランドを復活させた。
航空機
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かつてフィアットは航空機メーカーとしても名を馳せていた。特に軍用機の発注が数多くあった。
第一次世界大戦後、フィアットはポミリオや
アンサルドといった小規模な航空機メーカーを吸収し、1930年代には
フィアット CR.32や
フィアット CR.42といった有名な複葉戦闘機を世に送り出した。第二次世界大戦では、
ダイムラー・ベンツ製のエンジンを搭載した戦闘機
フィアット G.55、優れたデザインの爆撃機
フィアット BR.20などを
イタリア空軍に提供した。
1950年代、
NATO加盟国で共通の軽戦闘爆撃機を装備する計画が持ち上がり、フィアット G.91が設計された。その後、航空機開発部門は
アエリタリアを設立するためにアエルフェールと合併した。G.91の生産もアエリタリアが引き継いだため、
アエリタリア G.91と呼ばれている。
トラクター
フィアットは、
トラクターメーカーとしても知られている。
1919年、最初のトラクター
702型の発売を皮切りに、フィアットは農業機械部門に進出した。
1971年に
ランボルギーニグループから、ランボルギーニ・トラットリーチ社(農業機械部門)の全株式を取得。
1984年には農業機械部門をフィアットアグリとして分社化、
1988年には建設機械部門も統合しフィアットジオテックと改称。
1991年に
フォード・ニューホランドを買収、ニューホランド・ジオテックと改称する。その後、
1999年には
ケースIHを買収し、
CNHグローバルと改称した。
現在では、CNHグローバルの有するケースIH、ニューホランドブランドのトラクターが世界中で発売されている。
日本ではかつて
クボタがフィアットブランドのトラクターを輸入していたが、現在は傘下のニューホランド、ケースIHのトラクターが日本ニューホランドおよび
三菱農機によって輸入されている。
その他
- * 長い歴史を持つフィアットは、社名ロゴと車両オーナメントの変更が多いことでも知られている。ロゴとオーナメントの変遷
- * イタリアのマイアーニ社から「フィアット」という名のチョコレートが販売されている。1911年に、新車「タイプ4」の宣伝に使うためマイアーニ社に制作を依頼したのが誕生のきっかけ。参考リンク。
- * トリノ市の有力紙「ラ・スタンパ (La Stampa)」などの各種マスコミや各種製造業の多くもフィアットグループに属する。
- * イタリアサッカー1部リーグセリエAの強豪ユヴェントスは、フィアットのオーナー一族であるアニエッリ家が設立し、現在もオーナーとしてその資金・運営においてバックアップしている。そのため、ユーヴェの選手たちはフィアットグループの車に乗って(乗らされて)いる。
- * 2007年よりロードレース世界選手権MotoGPクラスにおいてヤマハチームのスポンサーとなっている。自動車会社が資本関係のない自動車会社のスポンサーとなるケースはトラック業界など以外では少ないが、チームにはフィアットと資本関係のあるフェラーリへの去就が噂されているバレンティーノ・ロッシ選手がいる。
日本でのビジネス
過去
第二次世界大戦前より自動車の輸入が行われていたが、幾つかの変遷を経て
1980年代に入ると、
ジヤクス・カーセールス、
チェッカーモータース、サミットモータース(
住友商事)の大手3社によって全国展開された。
1990年4月、フィアット・アルファロメオの正式な日本法人として「アルファロメオジャパン株式会社」が設立。全国正規販売網「アレ-ゼ」が構築され、アルファロメオと併売でフィアット車の販売を開始する。
現在
現在は日本法人の社名は「フィアット グループ オートモービルズ ジャパン株式会社」となり、日本でのフィアット&アルファロメオのビジネス(ランチア、マセラティ、フェラーリを除く)を統括している。
関連項目
企業
その他
外部リンク
*