人物
2歳の頃には南カリフォルニアで著名な幼児ゴルファーとなり、4歳になるとSCJGA(南カリフォルニア・ジュニアゴルフ協会)に加盟、すぐに「10歳以下」クラスの9ホールの試合で10歳児を破る。8歳で70台のスコアが出せるようになり、13歳で全国規模のトーナメントに初出場。当時はまだ無名の
ジョン・デーリーと同組でラウンド、結局1打差で敗れはしたものの、残り4ホール時点では2打リードする実力を持っていた。この間、技術面で4歳の時からゴルフ・インストラクターのルーディ・デュラン(Rudy Duran)の指導を受け、10歳から17歳まではジョン・アンセルモ(John Anselmo)に師事した。
アマチュア時代に全米ジュニア・アマチュア選手権、全米アマチュア選手権にそれぞれ前人未踏の3連覇を達成後、
1996年8月27日にプロ転向。チャーリー・シフォードやリー・エルダー、テディー・ローズなどに続く黒人ゴルファーとされ、転向後わずか10か月余りで
マスターズを含む7大会で優勝、21歳にして
PGAツアーの史上最年少賞金王に輝いた。
2000年全米オープンから
2001年マスターズまで、
メジャー大会4連覇を達成。メジャー競技で優勝した黒人選手はウッズが最初である。
自身では人種的ルーツについてほとんど語らなかった彼だが、プロ転向後契約した
ナイキ社の
CM“Hello World”に出演し、その「この国(アメリカ)には肌の色のため僕がラウンドできないコースがある。プロになった僕に対する“準備”は出来ているかい?」という内容が全米に衝撃を与えた。また、
NHK『
クローズアップ現代』の単独インタビューにおいては、「あなたは“何”人か」との質問に対し、両親の血筋から
白人でもあり、
黒人でもあり、
アジア人でもあるという意味で"コーカネイジアン"と答え、
人種による区分に対しての問題性と否定的見解を示した。
その後、アメリカ
PGAツアー46勝、国際試合で9勝、を上げ、総計55勝を20歳代で記録し、他の世界的活躍をみせるプロゴルファーと比較しても抜きん出た才能を見せた。その存在は、もはや一流スポーツ選手として、ゴルフに関心はなくともその名を知らない人はいないと言い切れる水準にあるといえ、
2000年には日本の高校3年生用英語
教科書に
自伝が掲載される程一般的な有名人であることを実証している。
常にトップクラスの飛距離や、高いG.I.Rを誇り、無敵とも思える強さは30代を迎えてすぐの不調時でさえ、他の選手に対し精神的な重圧を与え続けるほどの名選手である。トーナメントの最終日に赤系のシャツを着る姿が有名だが、これは赤が彼の「ラッキー・カラー」であるためであり、母親クルティダの勧めで始めた習慣である。
“タイガー”というニックネームは、タイガー・ストライプの
迷彩服を好んで着ていたことから「タイガー」の異名を持つ
南ベトナム軍の将校で父親の戦友であったグエン・T・フォング大佐(Nguyen T Phong)に由来する。
ベトナム戦争で
MIA(戦闘中行方不明)となった彼に対する生還の期待と再会の実現という願いを息子の名前に託したい、との想いをアールが込めたという。1996年12月30日の21歳の誕生日を機に改名申請を行い、“タイガー”を正式なミドルネームとした。
メジャー大会優勝
現時点では通算14勝、単独2位につけている。マスターズ4勝は大会歴代2位タイ。全米プロ4勝は大会歴代3位タイ。
2005年の
全英オープンにて、すべてのメジャー大会に2勝を挙げる「ダブル・グランドスラム」を達成。これは
ジャック・ニクラス以来2人目の偉業となり、先人ニクラスの31歳7か月よりも若い「29歳6か月」での達成となった。
2008年の
全米オープンで、すべてのメジャー大会に3勝を挙げる「トリプル・グランドスラム」を「32歳6ヶ月」で達成。これも先人ニクラスの38歳を大幅に更新した。
略歴
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1975年 12月30日、アメリカ・カリフォルニア州サイプレスに生まれる。父親アールは米陸軍特殊部隊「グリーン・ベレー」の退役軍人で、母親クルティダはタイ人である。
- 1991年-1993年 全米ジュニア・アマチュア選手権に3連覇を達成。
- 1992年 「ニッサン・オープン」でPGAツアー大会に初出場。
- 1994年-1996年 全米アマチュア選手権に3連覇を達成。“タイガーズ・トリプル”と呼ばれる。
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1996年 8月27日大学を2年で中退しプロ転向。10月いきなり2勝を挙げ世界ランキング33位に躍進。12月30日21歳の誕生日に“Eldrick Tiger Woods”に正式に改名する。
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1997年 4月13日、史上最年少の21歳3ヶ月でマスターズ・トーナメント初優勝。6月に初の世界ランキング1位になる。9月からアサヒ飲料の缶コーヒー「ワンダ」のTVCMに出演し始める。(ワンダCMは2001年まで)
- 1998年 11月に「カシオ・ワールド・オープン」で日本ツアー初出場。15位に終わる。
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1999年 8月15日、全米プロゴルフ選手権で初優勝。メジャー2冠を獲得する。。
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2000年 全米オープン、全英オープン、全米プロゴルフ選手権でメジャー大会連続優勝記録会3連覇。これは1953年のベン・ホーガン以来47年ぶりの快挙。PGAツアーで自己最高の年間9勝を記録。第1回「ローレウス・スポーツ賞」の男子最優秀選手賞など、多数のスポーツ賞を受賞する。前年8月末の「NEC招待選手権」から年2月の「AT&Tペブルビーチ・ナショナル・プロアマ選手権」まで、PGAツアー出場大会連続優勝記録6を達成。
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2001年 4月8日、マスターズ・トーナメントで4年ぶり2度目の優勝。メジャー大会4連覇を達成するが、2年にまたがる記録であるため“タイガー・スラム”と呼ばれた。11月15日-18日に日本の「太平洋クラブ御殿場コース」(静岡県御殿場市)で開催された世界ゴルフ選手権の「EMCワールドカップ」に、デビッド・デュバルとのコンビで出場。(この来日を機会に、ウッズの公式サイトが日本語版で読めるようになった。)
- 2002年 マスターズと全米オープンで優勝。マスターズでの大会連覇は、1989年&1990年の大会を連覇したニック・ファルド以来12年ぶり、大会史上3人目となる。11月に「ダンロップ・フェニックス選手権」で4年ぶり2度目の日本ツアー出場。
- 2003年 世界ゴルフ選手権の「アクセンチュア・マッチプレー選手権」で初優勝。
- 2004年 「アクセンチュア・マッチプレー選手権」2連覇。9月7日、それまで「264週」連続で守った世界ランキング1位の座を41歳のビジェイ・シンに譲る。10月5日にスウェーデン人元モデルのエリン・ノルデグレンと結婚。11月に「ダンロップ・フェニックス選手権」2年ぶり2度目の出場で日本ツアー初優勝。
- 2005年 マスターズで4度目、全英オープンで2度目の優勝。全英オープン優勝により「ダブル・グランドスラム」を達成する。11月の「ダンロップ・フェニックス選手権」で横尾要とのプレーオフ(4ホール)を制して大会2連覇。5月第2週の「バイロン・ネルソン・クラシック」で予選落ちを喫し、連続予選通過の歴代1位記録が「142」で止まる不運もあった。
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2006年 5月3日、父親アールが前立腺癌のため74歳で死去。6月の全米オープンで予選落ちを喫し、(プロ転向後)1997年のマスターズ以来続けてきたメジャー大会の連続予選通過記録が「37」で止まった。7月23日、全英オープンで2年連続3度目の優勝。全英オープンでの大会連覇は、1982年&1983年の大会を連覇したトム・ワトソン以来23年ぶりとなる。8月6日の「ビュイック・オープン」優勝により、30歳7ヶ月でPGAツアー通算「50勝」を達成。8月20日、全米プロゴルフ選手権で6年ぶり3度目の優勝。メジャー大会12勝目を挙げ、ウォルター・ヘーゲンを抜いて単独2位になった。
- 2007年 アクセンチュア・マッチプレー選手権3回戦でニック・オハーン(オーストラリア)に敗れ、前年の全英オープンからの連勝は7で止まったが、自己の持つPGAツアー出場大会連続優勝記録は更新。6月に長女が誕生。7月、自ら主催者となった公式戦(AT&Tナショナル)を開催する。8月の全米プロゴルフ選手権で2年連続4度目の優勝。この年から始まったフェデックスカッププレーオフ第3戦の「BMW選手権」でツアー60勝目を達成し、フェデックスカップの初代王者になる。
- 2008年 アクセンチュア・マッチプレー選手権で4年ぶり3度目の優勝。マスターズ2位の直後、2007年の全英オープン前から痛めていた左膝の手術を行う。復帰戦となった全米オープンでロッコ・ミーディエートとの死闘(72ホール+18ホールのプレーオフ+1ホールのサドンデス=計91ホール)を制し、32歳6ヶ月で「トリプル・グランドスラム」を達成。これでPGAツアー優勝回数も「65勝」になり、ベン・ホーガンを抜いて単独3位になる。その後左膝の再手術に踏み切り、残りの試合をすべて欠場することになった。
関連項目
外部リンク
著書・関連文献
- 『私のゴルフ論』 原題:"How I Play Golf"(2001年テレビ朝日/上巻:ISBN 4881312529、下巻:ISBN 4881312537) 初めての自著で、レッスン中心の内容。
- 『タイガー』 ジョン・ストリージ著(1997年) 原題:“TIGER- A Biography of Tiger Woods” 21歳でマスターズ最年少優勝者になるまでをまとめた、若き日のウッズがわかる一冊。日本語訳の存在は不明。
- TRAINING A TIGER タイガー・ウッズ父子のゴルフ&教育革命 アール・ウッズ著 大前研一監訳 (1997年6月小学館/ ISBN 4-09-356081-1)
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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