4歳から
ゴルフを始め、
1987年にプロ入り。デーリーは
1991年から
PGAツアーに本格参戦を開始したが、その年にいきなり
全米プロゴルフ選手権で優勝を飾る。4日間通算 12 アンダーパー(-12, 276ストローク)で回り、2位のブルース・リツキー(
アメリカ)に3打差をつけ、ツアー初優勝をメジャー大会で挙げた選手のひとりになった。それから、デーリーは
1992年の「BCオープン」と
1994年の「ベルサウス・クラシック」で優勝する。デーリーの選手経歴のハイライトは、29歳の時に
1995年全英オープンで訪れた。開催コースは名門の
セント・アンドリュースにある
R&Aゴルフクラブで、4日間通算 6 アンダーパー(-6, 282ストローク)で並んだ
コスタンティノ・ロッカ(
イタリア)との
プレーオフを制したのである。ロッカは最終18番ホールで難しいチップ・ショットを決め、土壇場でデーリーに並んだが、4ホールによるプレーオフでデーリーの前に力尽きた。“ゴルフの聖地”で栄冠を獲得したデーリーは、30歳の誕生日を迎える前にメジャー2冠(以上)を獲得した4人目の選手になった。(デーリーの前には
ジャック・ニクラス、
トム・ワトソン、ジョニー・ミラーがいた。)
ところが全英オープン優勝後、デーリーの私生活に数多くの波乱が訪れる。結婚と離婚を繰り返し(現在の妻は4人目)、アルコール依存症を患うなど、ゴルフに集中できないスランプ状態が長期間続いた。2004年2月、「ビュイック招待選手権」優勝で9年ぶりのツアー5勝目を挙げる。2008年からマックスフライとの契約が切れて、フリーとなっている。
デーリーは趣味でギターを弾き、親友4人と組んで“My Life”(わが人生)というタイトルのCDアルバムを録音したこともある。
メジャー大会優勝
外部リンク
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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