ジャック・ニクラス [Jack Nicklaus] [被リンク数: 51]

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
ジャック・ニクラスJack Nicklaus, 1940年1月21日 - )は、アメリカオハイオ州コロンバス出身のプロゴルファーである。フルネームは Jack William Nicklaus (ジャック・ウィリアム・ニクラス)という。1960年代から1990年代にかけて活躍し、ライバルのアーノルド・パーマーとともに、ゴルフをメジャースポーツにする牽引力となった人物である。圧倒的な強さと、トレードマークの金髪により「ゴールデン・ベア」(熊)と称され、日本では「帝王」と呼ばれた。
彼は日本の新聞などで表記揺れが多く、「ジャック・ニクラウス」という表記も見られるが、これはドイツ語読みで(彼はドイツ系である)、英語では「ニクラス」と発音するのが正確である。
PGA優勝回数 73
優勝回数 113

略歴

少年時代は、元フットボールの選手で薬局を営んでいた父のチャールズ・ニクラスからゴルフを教わった。彼が10歳の時、父の紹介によりゴルフレッスンプロであるジャック・グラウトの門下となり、その指導を受けた。彼は父親とグラフトによる指導で、その素質を磨かれたのである。1959年に19歳でデビューし、1961年に全米アマチュア選手権のタイトルを獲得して、1962年にプロ入りする。同年の全米オープンがメジャー大会通算「18勝」の出発点であると同時に、彼のプロ初優勝でもあった。1966年全英オープンで男子ゴルフ史上4人目の「キャリア・グランドスラム」を達成。前年の1965年に達成したゲーリー・プレーヤー南アフリカ)に続く快挙であったが、その後2000年の全英オープンでタイガー・ウッズが達成するまで、34年間4冠達成者は現れなかった。
1980年全米オープンでは青木功と4日間ともにプレーし、死闘を繰り広げた。(青木の2位入賞は、今なお日本男子ゴルフ界におけるメジャー大会最高記録である。)1986年マスターズで「46歳2ヶ月」の最年長優勝記録を樹立した時は、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブに“Jack is Back”(ジャック・イズ・バック=ジャックが戻ってきた)の声が響き渡った。
その他にも全豪オープンゴルフは6度(1964年、1968年、1971年、1975年、1976年、1978年)優勝した。ただし日本では未勝利のため、4大地域(米、欧、日、豪)でのツアー制覇は達成できなかった。
1996年には、シニアツアーの四大タイトルもすべて獲得し、PGA、シニアツアー(現在はチャンピオンズツアー)の両方の四大タイトルを獲得した唯一の選手となっている。2005年、65歳になったニクラスは歴代優勝者の資格で出場を続けていたマスターズから引退し、同年の全英オープンも彼の引退の場とするため、(予定より1年繰り上げて)セント・アンドリュースで開催された。最後のホールとなった2日目の18番でバーディーを取り、キャリアを終えた。マスターズの会場であるオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブには彼の功績を称え、銅像が建てられている。
ニクラスは1979年から1987年まで、日産自動車の高級車「グロリア」の430型(1979年~1983年)と、Y30型(1983年~1987年)の専属CMキャラクターを通算8年間にわたって務めた。ニクラスの名にちなんだグレード名として「ジャック・ニクラス・バージョン」が430型とY30型の両方に設定され、ゴルフ界の帝王であるニクラスにふさわしい広告展開とCM放映で、ニクラスファンのみならず、自動車ファンからも幅広く好評を得ていた。
また、上述の愛称「ゴールデン・ベア」をマークにしたゴルフ用品も発売された。 2006年2月、日本経済新聞の連載「私の履歴書」に登場し、1ヶ月に渡って自らのゴルファー半生を語っている(後に書籍化された)。
現在は、自身が設計したミュアフィールド・ビレッジ・ゴルフグラブ(オハイオ州ダブリン)にて、PGAツアートーナメントの1つである「メモリアル・トーナメント」のホストを務めている。

メジャー大会優勝

関連項目

外部リンク

----------------------------------------------
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
Text is available under GNU Free Documentation License.
ご利用上の注意

制限事項


Sensrについて
Powered by EAST, SAGOOL, kizasi, hatena, OKWave.