彼は日本の新聞などで表記揺れが多く、「ジャック・ニクラウス」という表記も見られるが、これは
ドイツ語読みで(彼は
ドイツ系である)、英語では「ニクラス」と発音するのが正確である。
PGA優勝回数 73
優勝回数 113
略歴
1980年の
全米オープンでは
青木功と4日間ともにプレーし、死闘を繰り広げた。(青木の2位入賞は、今なお日本男子ゴルフ界におけるメジャー大会最高記録である。)
1986年の
マスターズで「46歳2ヶ月」の最年長優勝記録を樹立した時は、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブに“Jack is Back”(ジャック・イズ・バック=ジャックが戻ってきた)の声が響き渡った。
その他にも全豪オープンゴルフは6度(1964年、1968年、1971年、1975年、1976年、1978年)優勝した。ただし日本では未勝利のため、4大地域(米、欧、日、豪)でのツアー制覇は達成できなかった。
1996年には、シニアツアーの四大タイトルもすべて獲得し、PGA、シニアツアー(現在は
チャンピオンズツアー)の両方の四大タイトルを獲得した唯一の選手となっている。
2005年、65歳になったニクラスは歴代優勝者の資格で出場を続けていた
マスターズから引退し、同年の
全英オープンも彼の引退の場とするため、(予定より1年繰り上げて)
セント・アンドリュースで開催された。最後のホールとなった2日目の18番でバーディーを取り、キャリアを終えた。マスターズの会場である
オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブには彼の功績を称え、銅像が建てられている。
ニクラスは
1979年から
1987年まで、
日産自動車の高級車「
グロリア」の430型(1979年~1983年)と、Y30型(1983年~1987年)の専属CMキャラクターを通算8年間にわたって務めた。ニクラスの名にちなんだグレード名として「ジャック・ニクラス・バージョン」が430型とY30型の両方に設定され、ゴルフ界の帝王であるニクラスにふさわしい広告展開とCM放映で、ニクラスファンのみならず、自動車ファンからも幅広く好評を得ていた。
また、上述の愛称「ゴールデン・ベア」をマークにしたゴルフ用品も発売された。
2006年2月、
日本経済新聞の連載「
私の履歴書」に登場し、1ヶ月に渡って自らのゴルファー半生を語っている(後に書籍化された)。
現在は、自身が設計したミュアフィールド・ビレッジ・ゴルフグラブ(オハイオ州
ダブリン)にて、
PGAツアートーナメントの1つである「
メモリアル・トーナメント」のホストを務めている。
メジャー大会優勝
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マスターズ・トーナメント:6勝(1963年、1965年&1966年、1972年、1975年、1986年) [大会歴代1位。1986年は最年長優勝]
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全米オープン:4勝(1962年、1967年、1972年、1980年) [大会歴代1位タイ。1980年に青木と優勝争いを展開]
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全英オープン:3勝(1966年、1970年、1978年)
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全米プロゴルフ選手権:5勝(1963年、1971年、1973年、1975年、1980年) [大会歴代1位タイ]
関連項目
外部リンク
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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