歴史
設立
ウィリアム・ウォルムズレーが設立した
スワロー・サイドカー・カンパニーに
1922年、
ウイリアム・ライオンズ(後に
爵位を授与され サー・ウィリアム・ライオンズとなる)が入社、1928年コベントリーへ移転しライオンズが会長となる。この時点で社名はスワロー・サイドカー・アンド・コーチビルディング・カンパニーとなるが、さらに1934年、
SSカーズ・リミテッドと社名を変更し、
1935年にはジャガーが初めて付けられた「SSジャガー2.5」を発表。
第二次世界大戦後の
1945年、社名の略称「SS」が
ナチス親衛隊を連想させる懸念から、
ジャガーを社名とし再スタートをきった。
設立当初はその名のとおり
サイドカーを中心に製造していたが、「SS」などの成功により、
1930年代には自動車製造を企業の中核としていった。
大戦後
第二次世界大戦後は、
ル・マン24時間レースなどの
モータースポーツで大活躍し、その名声を確固たるものにしていった。また、
XKシリーズから
Eタイプ、スモールサルーンである
Mk2などの人気により、世界最大の自動車市場である
アメリカ合衆国での販売で成功を収めたことで企業体制も磐石なものになった。1960年には
デイムラーを買収。
現在
その後
1991年に、その
ブランドイメージを高く評価した
フォードグループの傘下に入り、フォードグループの高級車部門「プレミアム・オートモーティブ・グループ(PAG)」の一翼を担うこととなった。しかし、フォードグループは経営不振からPAGブランドの各社を手放さざるをえなくなり、
インドの
タタ・モーターズとジャガーおよび
ランドローバーの売却について交渉を進めた。結果、
2008年3月26日にジャガーおよびランドローバーはタタに約23億ドルで買収された。。
イギリス王室御用達
車種一覧
現行モデル
デイムラー
ここではジャガー傘下に入ってからのモデルを挙げる。
- デイムラー・SP250
- デイムラー・マジェスティック・メイジャー
-
デイムラー・DS420
-
デイムラー・2.5リッター V8サルーン
-
デイムラー・V8 250
-
デイムラー・ダブルシックス - 同型ながらデイムラー・マジェスティック、デイムラー・センティナリーとして販売された車もある。詳しくはジャガー・XJを参照のこと。
-
デイムラー・4.0
絶版モデル
- SS100
- XK120
-
Cタイプ
-
Dタイプ
-
XKSS
-
XK140
- XK150
-
Eタイプ(アメリカでの呼称はXK-E。Series 1~3まである)
-
Mk1/Mk2(240/340含む)
- Sタイプ(初代)
- 420
-
XJ220
- XJR15
-
XJS
-
Sタイプ(X200系)
モータースポーツ
スポーツカーレース
F1
日本でのビジネス
幾つかのインポーターの変遷を経て
1986年、
西武百貨店との共同出資で日本法人「ジャガージャパン株式会社」が設立された。その後
1999年、西武百貨店が資本を撤退しジャガー・カーズ単独でジャガージャパンが運営されていたが、フォードPAGグループの発足に伴い、日本国内のPAGブランドの統括法人「
ピー・エー・ジーインポート」と合併することとなった。
2005年、同じPAGブランドの
ランドローバーと営業部門を統合し「ジャガー&ランドローバージャパン」として運営を開始。独立店舗の他にも両ブランドの複合ショールームを展開する。
2008年
3月26日、ジャガーとランドローバーがタタに約23億ドルで買収されたことに伴いフォードPAGグループから離脱することとなり、同年10月より日本でのビジネスは「ジャガー・ランドローバー・ジャパン株式会社」が統括することとなった。
脚注
外部リンク
<
----------------------------------------------
出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
ご利用上の注意