国名
正式名称は、
Koninkrijk der Nederlanden(コーニンクレイク・デル・ネーデルランデン)。通称は、
Nederland(ネーデルラント)。俗称の
Holland(ホラント)もよく使われる。
公式の
英語表記は、
Kingdom of the Netherlands。通称は、
The Netherlands。
Holland は俗称。
日本語の表記は、
オランダ王国。通称は
オランダ。
漢字による
当て字で、
和蘭、
和蘭陀、
阿蘭陀と表記され、
蘭と略される。また、オランダ語由来の
ネーデルラント(または
ネーデルランド)、
ドイツ語由来の
ニーダーラントと呼ぶこともある。
オランダ語のネーデルラントは、「低地の国」「低地地方」を意味する
普通名詞に由来するため、基本的に
定冠詞をつける。正式名称に使われているder Nederlandenは複数形扱い、通称のhet Nederlandは単数形扱いである。
ゲルマン系言語では、The Netherlands(英語)、Die Niederlande(ドイツ語)、
ラテン系言語では、Les Pays-Bas(
フランス語)、los Países Bajos(
スペイン語)などで、これらはいずれも複数形扱いである。
一方、Holland(ホラント)は、スペインの支配に対して起こした
八十年戦争で重要な役割を果たした
ホラント州(現在は南北2州に分かれる)の名に由来し、
固有名詞であるため
冠詞が付かない。
日本語のオランダは、ホラントの
ポルトガル語訳である
Holanda が、ポルトガル人
宣教師によって
戦国時代の日本にもたらされたことによる。
歴史
日本との関係
オランダは、
江戸時代の
鎖国下で欧州諸国で唯一外交関係を維持した国である。当時オランダを通じてもたらされた学問・技術は
蘭学と呼ばれた。
第二次世界大戦時、日本はオランダの植民地であった蘭印(現在のインドネシア)を攻略し、占領した。
オランダとアジア植民地
オランダは早くから世界進出し、
アジアともかかわりが深い。オランダによる
ジャワ島を中心とする
オランダ領東インド支配においては、1825-30年におきた民衆抵抗を過酷に弾圧したのち、悪名高い「強制栽培制度」を
1830年に実施した。これは、ジャワ農民に対し、土地の一定割合で稲作など食用の栽培を禁止し、
コーヒーや
サトウキビといったヨーロッパ輸出用の高級作物の栽培を強制する制度で、オランダ本国が当時おかれた経済的苦境を打破するためのものであった。この制度により、ジャワから強制栽培品を安く買い上げ転売したオランダは経済が好転、鉄道建設をはじめ、産業革命と近代化のための資本蓄積に成功した。厳罰によって実施されたこの制度で、ジャワ農民は稲や麦という自給食料を失い、1843-48年には飢饉に苦しみ多数の餓死者を出したと言われている。強制栽培制度は中断を伴い形を変えて20世紀まで続けられ終戦まで続いた。
インドネシア側はこうした被支配の歴史に対し、これまでオランダ女王のインドネシア訪問、
2000年のインドネシア大統領の訪蘭などで謝罪を要求した。
2005年の
インドネシア独立記念日にインドネシアを訪問したオランダ外相は
1945年以降の植民地支配についてのみ謝罪した。
政治
議会は
二院制で、第2院(下院)150名、第1院(上院)75名から構成され、
議院内閣制を採る。
2003年5月、キリスト教民主勢力(CDA)、自由民主国民党(VVD)、民主66(D66)の3党連立による中道右派政権が発足。
民主66(D66)が、
ソマリア出身の元下院議員の国籍剥奪を企て内外から批判を浴びたフェルドンク移民・社会統合相の辞任を要求。キリスト教民主勢力(CDA)のバルケネンデ首相がこれを拒否したことからD66が連立離脱を表明した。バルケネンデ首相は、2006年6月29日、
内閣総辞職を表明し、2006年6月30日、ベアトリクス女王に辞表を提出し、内閣総辞職した。その後、曲折を経て2006年11月22日に総選挙が行われ、その結果を受けて、第4次バルケネンデ内閣が2007年2月末にようやく成立した。
地方行政区分
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オランダ本土の州 州名は数字を、州都は丸印を参照せよ。<なお、星印は首都アムステルダム。
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フローニンゲン州 - フローニンゲン
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フリースラント州 - レーワルデン
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ドレンテ州 - アッセン
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オーファーアイセル州 - ズウォレ
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フレヴォラント州 - レリスタット
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ヘルダーラント州 - アーネム
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ユトレヒト州 - ユトレヒト
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北ホラント州 - ハールレム
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南ホラント州 - デン・ハーグ(オランダ語ではデン・ハーフ)
-
ゼーラント州 - ミデルブルフ
-
北ブラバント州 - スヘルトーヘンボス(デン・ボス)
-
リンブルフ州 - マーストリヒト
}}
主要都市
州都ではないが、本土を代表する都市として以下の都市が挙げられる。
軍事
地理
が遮っている]]
オランダは
ライン川下流の低湿地帯に位置し、国土の多くをポルダーと呼ばれる
干拓地が占める。国土の1/4は海面下に位置する。国内の最高地点はドイツのアーヘンに近い南端の
ファールス(Vaals)にあるファールス山(Vaalserberg)における322.5m。ドイツ、ベルギーとの三国国境点(Drielandenpunt)に近い公園内に最高地点を示す小さな塔が築かれている。最低地点はロッテルダム北東の-6.7mだ。オランダの国土は海側から海岸沿いの砂丘部、ポルダー、東部の高地である。砂丘部は北海の高潮から国土を守る大切な働きをしている。
干拓計画
13世紀以来、干拓により平均して一世紀に350平方kmの割合で国土を広げて来た。1927年、国土の中央よりいくぶん海よりに位置する
ゾイデル海を
アフシュライトダイク(堤防)によって海から遮ることを目論んだ
ゾイデル海開発計画が発動された。6年の工事の末、大堤防が完成、以来
アイセル湖と呼ばれている。内部には4つの干拓地が設けられ、大阪府の面積に匹敵する1650平方kmの耕地などが産まれた。
治水
1953年2月1日の満潮の日に980ヘクトパスカルの低気圧がオランダを覆った。破壊されたダムの長さは延長500kmに及び、1835人の犠牲者、家を破壊されたもの20万人というオランダ史上最大の洪水被害が生じた。オランダ政府は再発を防ぐため、
ライン川,
マース川,
スヘルデ川河口部全域にに防潮堤防・水門・可動堰等を設ける
デルタ計画を明らかにし、
1997年に工事を完遂した。
なお、堤防・水門・堰・水路などの治水施設の運営や干拓地の管理水位の決定は、州や基礎自治体から独立した行政機関である水管理委員会(Waterschappen)によって行われている。
気候
オランダの気候は暖流の
北大西洋海流の影響を受け、高緯度ながら温暖な
西岸海洋性気候 (Cfb) が広がる。季節による降水量の偏りはあまりなく、50mmから80mmの降水が毎月見られる。曇天が基調となる。北海からの風が強く、オランダはこの風を風力として長らく利用してきた。
首都アムステルダムの年平均気温は9.7度、平均降水量は798.9mm。1月の平均気温は2.3度、7月は16.5度である。
経済
詳細はオランダの経済を参照
オランダ経済は、1980年代以降に政府が取った
開放経済政策により国際貿易を中心として発展してきた。最大の産業は金融・流通を中心としたサービス産業であり、全GDPの2/3を占めている。アムステルダムには
ユーロネクストの取引所である
アムステルダム証券取引所(AEX)が置かれている。また、ライン川の河口にある
ロッテルダム港(ユーロポート)は欧州最大の港である。<
エネルギー・資源産業では、オランダは
天然ガスの大生産地であり輸出国でもある。石油精製産業も重要であり、代表企業として
ロイヤル・ダッチ・シェルが国内だけでなく、
石油メジャーとして世界中でエネルギー資源開発を行っている。<
製造業では、
ユニリーバや
ハイネケンなどに代表される食品・家庭用品産業、
フィリップスに代表される電器産業、DSMに代表される化学産業が代表的な産業である。<
チューリップや野菜、乳製品で有名な農業分野は、非常に近代化されているが、国内経済に占める規模は現在では数パーセントに過ぎない。
オランダはGDPにおいて
世界第16位(2007年 7680億ドル)、欧州第6位である。また、国民1人当りのGDPでは世界第10位(2007年 46260ドル)であり、日本の34312ドル(世界第22位)の1.35倍の金額であるが、欧州内では9位とそれほど高いわけでもない。経済成長率は2007年には約4%、失業率も約4%である。
貿易に関しては、ドイツが輸出入ともに最大の相手国である。ベルギー、フランス、イギリス、アメリカ合衆国などがそれに続いているが、近年は輸入相手国の第二位に中国が入っている。
税制では実効法人税率が周辺諸国(フランスは33%、ドイツは29%)より低い約25.5%に抑えられており、海外からの企業誘致が進んでいる(例えば日本は実効法人税率が約40%のため、多くの企業が研究開発や物流拠点等をオランダに移す動機ともなっている)。
経済動向
1970年代に、北海において資源開発が進んだ結果、オランダ
ギルダーは増価し、国内産業は競争力を大きく喪失した。一方で、潤沢な歳入を背景に政府支出は増大した。その後の資源価格低迷で、オランダには壊滅した産業と、莫大な財政赤字が残された。
1980年代前半には労働需給が急速に悪化。失業率は14%に達した。1983年、ワッセナー合意により
ワークシェアリングが普及し始めてからは、失業率は次第に低下し、ほぼ
完全雇用状態となった。
物価に関しては、オランダは従来より低物価政策を採っているため、比較的良好である。しかし、統一通貨である
ユーロを導入してからは、同じユーロ通貨圏であるフランスや、特にドイツに対しては、若干高物価である。貿易面では資源を大幅に輸入し、高度な工業製品を輸出する形態をとっており、ドイツが最大の貿易相手国である。
農業
農業の全体の産業に占める割合は小さいものの、依然として重要な産業のひとつとなっている。高度な集約化・機械化により農業の生産性はヨーロッパ連合諸国の中でも高く、農民の生活は総じて豊かである。オランダ農業の発展は、土壌本来の肥沃さよりも創意と労力に負うところが大きく、土地はむしろやせている。
主な農業地域はゼーラント州からフローニンゲン州に至る海岸地帯のポルダーで、海成重粘土からなる西南部と、フリースラント、フローニンゲン両州海岸部のポルダーでは良質の穀類と根菜類を産する。第二の新しい農業地域は干拓されたアイセル湖のポルダーで、多様な生産が行われている。南部は市場向け園芸農業が主であり、フリースラント州のポルダーはノールトホラント、ゾイトホラント両州に匹敵する畜産地域である。オランダ南部や東部の砂礫地は肥沃とはいえない土壌であるが、土地改良により1950年ごろまで耕地が大きく拡張されてきた。リンブルフ州南部は他の地域とまったく異なり肥沃なローム土壌で、耕地と牧草地が半々になっており、工業の発達に促されて酪農と市場向け園芸が盛んである。粘土地域の保有面積は平均40ヘクタールであるが、100ヘクタール以上の農場も多い。旧泥炭地帯の経営面積は平均28ヘクタールである。甜菜は砂糖用、飼料用共に特に北部と南西部で作られている。加工農産物には北東部の旧泥炭地帯を中心とするボール紙があり、重要な輸出品となっている。1960年代の市場向け園芸農場面積は約14万ヘクタールで、特にノールトホラント州とゾイトホラント州に多い。またアルクマール北部地域はキャベツ、ホールンとエンクホイゼンのアイでは果物と花の種子が専門である。
また、チューリップをはじめとして
花卉の生産がとても盛んである。オランダは世界の花市場の6割強を占めており、中でも世界最大規模の花卉卸売市場である
アールスメール花市場は4割もの占有率がある。
果樹栽培は全国的に盛んであるが、リンブルフ州南部とヘルデルラント州およびユトレヒト州西部の河成粘土地域は牧場か果樹園が一番多い。牧畜は牛乳とその製品が主目的であるが、乳牛の飼育と輸出も多い。最も古い酪農中心地はノールトホラント州とゾイトホラント州およびユトレヒト州西部である。豚には2種あり、国内向けにはオランダ肉用豚が、輸出用にはベーコン、ハム用豚が飼育されている。
漁業
ニシン、たら、さばなどの遠洋漁業が昔から盛んであったが、20世紀に入り漁法の近代化が遅れて衰退した。沿岸漁業は
ムール貝、かき、えびおよび舌平目が中心である。
エネルギー
オランダは天然ガスの世界第9位の産出国であり輸出国でもある。一方、石油や石炭は輸入している。一次エネルギー供給量の83%は国内生産で賄われている。
天然ガスは、EU諸国内で2番目(世界では9番目)の生産量であり、EU内での総生産量の約30%に達している。2005年の推計では50~60兆立方フィートの埋蔵量があると言われており、世界全体の埋蔵量の0.9%を占めている。天然ガスは全生産量の2/3を国内で消費し、残りを輸出している。この輸出量は世界第5位である。天然ガスの殆どは
フローニンゲン州で産出され、一部は北海ガス田で産出されている。フローニンゲンのガス田の権益は
ロイヤル・ダッチ・シェルと
エクソン・モービルが保有しており、この権益保有企業と国策企業のGasunieとEBNが採掘を行っている。
石油は
北海油田で産出されているが国内需要量には届かないため、輸入が行われている。石炭は需要量のほぼ全量が輸入されている。石油小売のガソリンスタンドは、ロイヤル・ダッチ・シェル、
BP、
TEXACO、
ESSOなどが国内寡占状態である。
電力は主に火力発電と原子力発電により賄われている。年間の総発電量は93.8兆kWh(2007年)であり、そのうちの4%の4.1兆kWhが原子力発電(Borsseleに出力485MWeのPWR型発電所が1基ある。1973年建造)によるものである。火力発電は、主に天然ガスと石炭により行われている。近年、海上に大規模な
風力発電施設が建設されるなど、
再生可能エネルギーの利用も広く行われるようになってきているが、総発電量に占める割合は2.37%(2007年)と小さい。政府の目標としては2010年に再生可能エネルギーが総発電量に占める割合を10%にするという目標も存在している。
電力小売の分野では、1998年から段階的に始まった
自由化が2007年で完了した。現在、一般家庭においても電力会社を選択することが出来る。配電電力会社の大手はEssent、Eneco、Nuonなどであり、これらの企業は同時に水道、ガス、スチームの供給も行っているため、一般家庭において自由自在に契約会社を変えるという状況が実際には起こってはいない。
工業
オランダの工業化は天然資源の欠乏のために遅れはしたが、19世紀半ば以後は成長を続けた。オランダは民間資本が豊富で、はじめは既存工業の技術向上に力点を置き、乳製品、マーガリン、ジャガイモ澱粉、ボール紙など農産物利用の工業を主としたが、その後電気器具、ラジオ、合成繊維、機械部品の様な、原料をほとんど必要としない工業に資本と研究を注ぐようになった。コークス製造、化学工業から鉄鋼業まで発達するにいたったのである。その一方では、人口の急増が目に見えており、戦後復興のためにはまず第一に工業化を一層進めることが必要になった。
オランダは鉱物資源が乏しいにもかかわらず、20世紀にはいって金属工業を確立した。すず、アルミニウム、亜鉛の精錬も行われている。60年代の半ばには従業員50人以上の造船所の数は約100であったが、近年は船舶の建造より有利な石油化学工場の建設工事に切り替える傾向にある。機械工業の中心地はアイントホーヘンとナイメーヘンである。化学工業は最初は岩塩とコールタールに基礎を置いていたが、現在ではロッテルダム地区、ヘレーン、テルノーゼンを中心とする石油化学工業が最も重要になっている。
代表的な製造業としては製鉄、機械、電気機器、造船、航空機などの金属工業が第一に挙げられ、これについで食品加工業、化学工業があげられる。航空機産業では
フォッカー社が小規模ながら健在で、短中距離用民間航空機フレンドシップ機を製造し、新機種の開発も進めている。
オランダの製造業はこれまで
フィリップス、
ユニリーバ、AKUレーヨンなどの大会社のほかは、多数の中小企業があるという状態であった。政府の経済政策による新工業化に最も寄与したのは
フィリップス社で、約20の都市に新工場を建設した。
運輸・交通・通信
オランダはヨーロッパの交通の要衝に当たっており、運輸・通信部門は早い時期から近代化されている。
欧州連合の海の玄関口ともいわれる
ユーロポート港が、
ライン川の河口(
ロッテルダム)にある。ロッテルダム港には石油精製コンビナートがあり、港に運び込まれる原油はコンビナートを通過し、パイプラインで周辺諸国に輸送されている。
主要空港であり物流拠点でもある
スキポール空港は、2005年には91カ国の260都市へ直行便を持っている。また格安航空は南部の
アイントホーフェン空港を主な発着拠点としている。道路は
欧州自動車道路の高規格道路によりドイツ、ベルギーなどの隣接国と直結しており、フランス北部からドイツ北部を経由してポーランド方面への主要輸送ルートの一部ともなっている。これら高規格道路(高速道路)の通行料金は現在のところ無料で、最高速度は120km/hである。鉄道は
オランダ鉄道が都市間輸送や貨物輸送を担っており、貨物輸送では
ロッテルダムからドイツのルール地方への
貨物専用鉄道が2007年に完成している(ドイツ側は依然工事中)。旅客輸送ではフランスの
パリから最高時速300km/hの高速列車
タリスが、ドイツの
フランクフルトから高速列車
ICEが
アムステルダム中央駅まで直通している。国内の都市間鉄道網は欧州でも随一の利便性を誇り、
アムステルダムや
ユトレヒトや
ロッテルダムなどの主要都市間では10~20分毎のパターンダイヤとなっている。都市内や郊外を結んでいるメトロ、トラム、バスはオランダ国内で
同一の運賃支払いシステムを採用しており、公営・民営を問わず同じ回数券やICカードが利用できる。自転車交通も重要な手段の一つで、都市内外を問わず、ほぼ全ての幹線道路に自転車専用レーンが設置されている。
なお、
シェンゲン条約により周辺国との国境では国境審査や税関検査などは通常行われていないため、国境通過による時間的ロスは存在しない。
インターネット接続の普及率は欧州諸国内で最高の約80%(2005年12月~2006年1月欧州委員会調査。欧州平均は約40%)に達している。国内殆ど全ての地域で
DSLと
ケーブルインターネットの
高速接続が利用でき、高速接続の普及率は31.9%(2006年、OECD調査)とデンマークに続いて2位であり、日本の20.2%より高い水準にある。DSLとケーブルインターネットのシェア割合は60:40であり、
FTTHの普及率はそれほど高くなく、国内最大のプロバイダはKPNである。都市部では
Wi-Fiによるインターネット接続サービスも行われている。<
(本論から外れるが、このWikipediaを含むWikimediaのサーバ群の一部は、アムステルダムの
データセンターで
ホスティングされている。)
携帯電話は国内全ての地域で
GSM網(
GPRS接続含む)が、大都市及びその近郊で
3G網が利用できる。日本のNTT docomoとSoftbank Mobileの携帯電話は、オランダ国内でローミング接続を利用することが可能である(GSM網は対応した携帯電話端末のみ)。最大の通信事業者はKPN Mobileであり、そのほかT-Mobile、Vodafoneが国内でサービスを行っている。
地上波テレビ放送は2006年にデジタル化が完了している。
高画質放送(HDTV放送)はあまり行われておらず、2008年現在
標準画質放送(SDTV放送)がほとんどを占めている。放送方式は欧州共通の
DVB-T方式で、日本の独自仕様である
ISDB方式とは互換性が無い。また、衛星放送も普及しており、オランダ向けの放送だけでなく、西欧・東欧・旧ソ連・中近東の放送も視聴可能である。(日本のNHKや民放を再送信しているJSTVを、衛星放送の一つであるHotBirdを通じて視聴することも出来る。)
国民
言語
言語は公用語が
オランダ語である。フリースラント州では
フリジア語も公用語として認められている。
識字率は99%である。オランダ国民のほとんどが、英語を話すことができる。また母国語や英語以外に数カ国語を話せる人が多い。
宗教
教育
文化
オランダは、他国で思想・信条を理由として迫害された人々を受け入れることで繁栄してきたという自負があるため、何ごとに対しても寛容であることが最大の特徴といえる。とりわけ、日本にとっては、徳川幕府による鎖国政策に際し、キリスト教の布教活動禁止という条件に欧州諸国で唯一寛容に応じ、長崎の出島を介した貿易を通じ、欧州の近代文明を
蘭学という形で江戸時代に日本にもたらした史実は、明治維新後の日本が急速な近代化政策に成功するうえで不可欠な恩恵を受けている。また、
ポルトガルが統治したカトリック国として、近年
インドネシアからの独立を果たした
東ティモールとは異なり、
東インド会社によるインドネシア統治に際しても、当該地域における、キリスト教ではなくイスラム教の普及をむしろ領地拡大のテコとして利用した程である。現在でも他の欧州諸国に比して実に多くの移民が、その暮し易さのために、合法・非合法を問わず在住している。
ただし、近年、とりわけ9.11以降、
イスラム系住民に対する反感が増大し、新たな移民の入国も制限されつつある。
EU憲法の
国民投票での否決には、ナショナリズムに似た感情が反映されているとされる。また、フランスやオーストリアよりはマイルドな主張であるが、ウィルダース・グループなどの「極右」勢力が伸張しつつある。イスラム系住民の中ではイスラム過激派が力を伸ばし、著名な映画監督
テオ・ファン・ゴッホなどの暗殺事件やプロテスタント教会やイスラム教モスクや学校の焼き討ち事件などが以前よりは頻繁に起こるようになっている。もっとも、合法的に入国を果たしたEU域外からの移民については、オランダ語講習、社会化講習、就職相談をセットにした、いわゆる「市民化講習」の実施を他のヨーロッパ諸国に先駆けて行うなど、一定の移民対策も講じてはいる。
大麻の所持・使用(「
コーヒーショップ」と呼ばれる限られた店でのみ購入が認められている)、
安楽死がいくつかの欧州諸国とともに合法化されている。もっとも、大麻も合法というよりは、許容されているといった方が正確であり、現バルケネンデ政権は一部見直しも検討しているとされる。また安楽死についても依然として見直しの議論が続いている。
1991年には刑法が改正され、16歳以上で
ポルノ出演、性行為が適法とされ、互いの同意があれば12歳以上でも性行為は適法となった。国の許可を得れば管理売春も合法である(「
飾り窓」と呼ばれる限られた地区でのみ合法的な売春が認められている)。売春を国の管理の下で合法化したことで、衛生状態の向上が図られ、
性感染症感染率が低下し、また税収増加、売春に従事する女性達の保護の充実などが実現し、国内では評価する声が高い。
このようなことから、世界有数の性の解放区として知られているものの、性犯罪をすれば容赦なく逮捕されることには他国となんら変わりがない。またこれらの行為に関わることはそれなりにリスクも大きいので、自由な一方で自己責任で行動しなくてはならない国だとも言える。
性役割は、1970年代は「男は仕事、女は家庭」だったが、その後変化し女性も労働市場に参加するようになっている。
ちなみに、オランダでは異性同士の場合と同じように同性同士の結婚が認められている。
スポーツ
サッカーが一番人気のスポーツである。
テニスや各種
スケート競技も盛んであり、また
水球や
フィールドホッケーの強豪でもある。また、
野球は欧州では圧倒的な強さを誇る。
サッカー
著名人
世界遺産
祝祭日
祝祭日
| 日付 |
日本語表記 |
現地語表記 |
備考 |
| 1月1日 | 元日 | Nieuwjaar | |
| 3月か4月 | 復活祭 | Pasen | 変動あり、復活祭の日曜と翌日の月曜の2日間にわたって祝う |
| 4月30日 | 女王誕生日 | Koninginnedag | もともとはユリアナ女王の誕生日を祝う日であったが、ベアトリクス女王になっても引き継がれた |
| 5月4日 | 戦没者記念日 | Dodenherdenking | 祝日ではない<第二次世界大戦の戦没者を想う |
| 5月5日 | 解放記念日 | Bevrijdingsdag | 1945年ナチス・ドイツの占領から解放されたことを祝う |
| 復活祭から40日後 | 主の昇天 | Hemelvaartsdag | 復活祭に伴って変動 |
| 復活祭から7週間後 | 聖霊降臨 | Pinksteren | 復活祭に伴って変動。日曜と翌日の月曜の2日間にわたって祝う |
| 12月5日 | シント・ニクラース祭 | Sinterklaas | 祝日ではない。<サンタクロースの基で、子供達にプレゼントをあげる。 |
| 12月25日,26日 | クリスマス | Kerstmis | 2日間にわたって祝う |
脚注
関連項目
外部リンク
- 政府
- 日本政府
- 観光
- その他
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