(1899)]]
エレジー(英語:
elegy,
elegíe)とは、悲しみを歌った
詩などの
文学、楽曲。日本語では
悲歌(ひか)、
哀歌(あいか)、
挽歌(ばんか)などと訳される。元々は
古代ギリシアの
エレゲイア(
elegeia)で、ある種の
韻律、さらに死を哀悼する
詩を指した。語源はギリシャ語の
エレゴス(
elegos)。
古典詩のエレジー
古典詩のエレゲイアの詩形、つまりエレゲイオン(elegeion, Elegiac couplet)は2つの行から成る連句である。最初の行はダクテュロス・ヘクサメトロス(長短短六歩格)で、それにダクテュロス・ペンタメトロスの行が続く。ダクテュロス・ペンタメトロスとは、2つのダクテュロス(長短短格)-長音節-2つのダクテュロス-長音節という韻律である。ダクテュロスはヘクサメトロス、ダクテュロスの中で、場所によってスポンデイオス(長長格)に置き換えることもでき(逆に置き換えなければならないこともある)、「-」を長音節、「u」を短音節、「U」を長音節か2つの短音節とすれば、次のようになる。
- U | - U | - U | - U | - u u | - -
- U | - U | - || - u u | - u u | -
ヘクサメトロスは
叙事詩に使われる韻律で、また、エレゲイアは叙事詩より下の詩形と見なされていたので、エレゲイア詩人は叙事詩を書くつもりでエレゲイアを書き、それを叙事詩と関係づけた。
エレゲイア詩の初期の例は、
アルキロコスや
シモーニデースで、叙事詩と同じくらい古い(アルキロコスは
紀元前7世紀の人)。しかし、特筆すべきエレゲイア詩人は
ヘレニズム期の
カリマコスで、
ローマの詩人たち(
エレギア(
elegia)詩人かどうかは問わず)に多大なる影響を与えた。カリマコスは、叙事詩より短く簡潔なエレゲイアならより美しく、より評価に値するものが書けるという考えを広めた。
ローマ時代の代表的なエレギア詩人は、
カトゥルス、
セクストゥス・プロペルティウス、ティブッルス(ティブルス、)、そして
オウィディウスで、世代が上のカトゥルスが他の3人を先導した。4人とも(とくにプロペルティウス)カリマコスの影響を強く受け、お互いの詩を詠み合った。カトゥルスとオウィディウスはエレゲイア以外の詩形で詩を書くこともあったが、プロペルティウスとティブッルスはそれはしなかった。
英語詩のエレジー
イギリスには元々エレジーの詩形はなかったが、
1751年に
トマス・グレイが書いた『墓畔の哀歌(Elegy Written in a Country Churchyard)』が多くの模倣者を生み、まもなく
ピンダロス風
頌歌とエレジーの両方が当たり前のものになった。もっとも、グレイはエレジーという言葉を孤独と哀悼の詩に用い、
ユーロジーには使わなかった。またグレイはギリシア、ローマの古典詩のエレゲイア詩形からエレジーを自由にした。
その後、
サミュエル・テイラー・コールリッジが、エレジーは「思索にふける精神にもっとも自然な」形であり、詩人自らが思索できるならどんなテーマでも構わないと主張した。コールリッジは自分の定義がエレジーと
抒情詩を融合させることだとわかってはいたが、自分が好きな抒情詩の「瞑想」的性質を重要視することと、グレイが大衆化させた種類のエレジーに言及することを続けた。
ウィリアム・ワーズワースが『抒情詩集』の序文で、詩は「平安の中で瞑想された感情」から作られるべきだと言ったことは、これと似ている。ロマン主義以降、エレジーの定義は、元の「死者を追悼する詩」という狭義の意味に戻った。
文学にみられるエレジー
音楽にみられるエレジー
クラシック音楽
近現代の音楽におけるエレジーは、形式的に規制された作品ではなく、どちらかといえば
幻想曲(ファンタジー)の小品の特徴を持っている。
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ウィリアム・バード『Ye sacred Muses : Elegy on the death of Thomas Tallis』(1585年) - トマス・タリスのためのエレジー。
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ベートーヴェン『むく犬の死に寄せる悲歌』WoO.110(1787年頃)
- ベートーヴェン - 四重唱曲『悲歌』Op.118(1814年)
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メンデルスゾーン『無言歌集』第7集第4曲「エレジー」Op.85-4(1845年)
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アンリ・ヴュータン『エレジー』Op.30(1854年?)
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ワーグナー『エレジー 変イ長調』(1859年 - 1862年)
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ジュール・マスネ『歌曲集第1巻』「エレジー」(1869年頃)
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リスト『エレジー第1番』(1874年)
- リスト『エレジー第2番』(1877年)
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モデスト・ムソルグスキー - 歌曲集『Bez sontsa』第5曲『エレジー』(1874年)
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マスカーニ『エレジー』(1879年)
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チャイコフスキー『弦楽セレナード』Op.48の第3楽章(1880年)
- チャイコフスキー - 『Elegie zum Gedenken an I. W. Samarin』(1884年)
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フォーレ - 『チェロとピアノのためのエレジー』Op.24(1880年)
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グリーグ『抒情小曲集第2集』第6曲『エレジー』Op.38-6(1883年)
- グリーグ『抒情小曲集第4集』第7曲『エレジー』Op.47-7(1885年 - 1887年)
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エリック・サティ『3つの歌』第2曲『エレジー』(1886年)
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グラズノフ『エレジー Une pensee a Liszt』Op.17(1887年)
- グラズノフ『エレジー ト長調』Op.44(1893年)
- グラズノフ『エレジー ニ長調』Op.105(1928年)
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ラフマニノフ『幻想的小曲集』第1曲『エレジー』Op.3-1(1892年)
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カリンニコフ『エレジー』(1894年)
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ホルスト『Elegy in memory of William Morris』(1899年 - 1900年、『コツウォルド交響曲』に含まれる) - ウィリアム・モリスのためのエレジー。
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アイヴズ『エレジー』(1901年)
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ヨセフ・スク『エレジー』Op.23(1902年)
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ヤナーチェク『Elegy on the death of my daughter Olga』(1903年) - 娘オルガのためのエレジー。
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レオポルド・ゴドフスキー『ルネッサンス』第5曲『エレジー ホ短調』(原曲ラモー)(1906年 - 1909年)
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ブゾーニ『エレジー』(1907年 - 1908年)
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バルトーク『2つのエレジー』(1908年 - 1909年)
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エルガー『弦楽のためのエレジー』Op.58(1909年)
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マルティヌー『エレジー』(1909年)
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クロード・ドビュッシー『エレジー』(1915年)
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サン=サーンス『エレジー』Op.143(1915年)
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ジョゼフ・アクロン『エレジー』Op.62(1927年)
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ブリテン『エレジー』(1930年)
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ディーリアス『カプリースとエレジー』(1930年)
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ショスタコーヴィチ『2つの小品』「エレジー」(1931年)
- ショスタコーヴィチ『バレエ組曲第3番』「エレジー」(1952年)
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ミヨー『Elégies romaines de Goethe』Op.114(1932年)
- ミヨー『3つのエレジー』Op.199(1939年)
- ミヨー『エレジー』Op.251(1945年)
- ミヨー『エレジー』Op.416(1965年)
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メトネル『2つのエレジー』Op.59(1938年)
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ストラヴィンスキー『エレジー』(1944年)
- ストラヴィンスキー『J・F・Kのためのエレジー』(1964年) - ジョン・F・ケネディのためのエレジー。
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プーランク『エレジー』(1957年)
- プーランク『エレジー』(1959年)
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ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ - オペラ『若い恋人たちへのエレジー』(1959年 - 1961年)
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ヨン・レイフス『エレジー』Op.53(1961年)
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ピーター・スカルソープ - ヴィオラと弦楽のための『エレジー』(2006年)
その他
映画にみられるエレジー
- エレジー (1971年の映画) - トルコの映画。
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エレジー (2008年の映画) - アメリカ合衆国の映画。
絵画にみられるエレジー
参考文献
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アリストテレス『詩学』・ホラティウス『詩論』松本仁助・岡道男訳(岩波文庫)
関連項目
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ラメント - 嘆き、遺憾、哀悼を表した詩や歌、楽曲。「哀歌」「嘆き歌」「悲歌」「挽歌」。
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Complainte - 中世フランス・プロヴァンスの抒情詩の一種。「哀歌」「悲歌」「嘆き歌」。
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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