バイオグラフィ
ニューヨーク市の
ブロンクス地区生まれ。両親はイタリア系、プエルトリコ系移民。兄であるチャーリー・パルミエリと8歳からピアノを始める。ラテン・ミュージシャンの兄からの影響も強い。15歳になると、自己バンドを地元ブロンクスの仲間と共に結成。19歳でプロのピアニストとなり、20歳からはティト・ロドリゲス等ニューヨーク・ラテンのシーンに登場する。
ロドリゲスの元を離れると、
トロンボーン奏者のホセ・ロドリゲスやバリー・ロジャースと、自己バンド「ラ・ペルフェクタ」を結成して
La Perfectaシリーズ(Alegre)を発表。
ジャズ界のJ.J.ジョンソンとカイ・ウィンディングによるトロンボーン・コンビからの影響も強く、サルサ・ミュージックのパイオニアとなり、また後継のウィリー・コローン等に強い影響を及ぼした。1960年代半ばからは、
ジョン・コルトレーンや
マッコイ・タイナー、
セロニアス・モンク等からの影響も強くなり、ジャズにも傾倒し、独自のピアノ・スタイルを築き上げていった。
1974年発表のThe Sun of Latin Music(Coco)で1975年度第18回グラミーの「最優秀ラテン・レコーディング」賞を獲得。1984年発表のPalo Pa Rumba、1985年発表のSolito(2作ともMusica Latina)、1987年発表のLa Verdad(Sonido Inc.)も次いでグラミー賞を受賞した。
1988年に兄チャーリーが死去した後は、「アフロ・キューバン・オクテット」を結成し、世界各地のジャズ・フェスティバルなどに出演した。1992年発表の
Sueño(Intuition)では、ジャズ・フュージョン界の
デイヴィッド・サンボーンや
マイク・スターンとも共演した。また同年には来日公演をしている。
2000年には
ティト・プエンテとの共作、
Masterpiece / Obra Maestraを発表、グラミー賞を受賞した。2002年には自身の作品をセルフ・カバーした
La Perfecta II(
Concord Records)を発表し、同年に10年ぶりとなる来日公演を果たした。2005年は音楽生活50周年記念を迎えるものであり、記念アルバム
Listen Here!(Concord Records)を発表。このアルバムには
マイケル・ブレッカー、
ジョン・スコフィールド、クリスチャン・マクブライドらが参加し、このアルバムは2006年にグラミー賞を受賞した。2005年にも来日公演をした。
ディスコグラフィ
アルバム
関連項目
外部リンク
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出典:「フリー百科辞典ウィキペディア」(2009-01-01)
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